昨今、バックカントリーやサイドカントリー(ゲレンデからアクセスし、ゲレンデ付近で非圧雪エリアを滑走すること)が人気だ。
スノーボード・スキー雑誌でも非圧雪エリアの楽しみ方について特集が組まれ、メーカーからはパウダーライドを意識したアイテムが発売されるなど、業界のなかでも今勢いのあるジャンルではないかと思う。
かくいう私もパウダーライドが大好きで、その日のコンディション次第では、ゲレンデ内のコースに向かわずに、バックカントリーエリアに赴きパウダーランを楽しむこともある。ピステン(圧雪された斜面のこと)をカービングする感覚とは違い、慎重にラインを決め適確なボードコントロールで思い通りに滑走出来た時の喜びは格別なものがある。
また、人の少ない場所で、浮遊感に似た感触で滑るパウダーランには、普段の生活では味わえない何かを感じることができる。しかし、楽しい事の裏には常に危険が潜んでいるのが、世の常。毎年のように、雪山での遭難者についてのニュースを目にする。
ゲレンデのルールがわからない外国人が誤ってコース外に出てしまい、道に迷ってしまうケースもあるのだろうが、ルールを理解した上で勝手に外に出て迷子になる方もいるので始末に置けない。
今回は、バックカントリーの良さも怖さも知り尽くした、バックカントリーガイドの竹尾氏にご協力頂き、バックカントリーについていろいろと教えて頂いたことをご紹介していきたいと思う。
ここから先は竹尾氏とのインタビュー形式ですすめていく。
乾海老雄(以降:海老):宜しくお願い致します。本日はバックカントリーについて、いろいろとお伺いできたらと思います。
竹尾(以降:竹):宜しくお願い致します。バックカントリーは奥が深く、知識も経験も必要としますので、その足掛かりになれば幸いです。
海老:では、早速。昨今、雪山での遭難事故について、よくニュースで見かけるのですが、昔に比べ増加傾向にあるのでしょうか?
竹:増加しているとは思います。昔から、ゲレンデのコース外にあるバックカントリーエリアを滑る方はいたのですが、昨今はそれよりも更に奥に行く方が増えてきているように思います。
海老:何故、ここ数年でより奥を開拓する方が増えたのでしょう?
竹:これはあくまでも推測なので、個人的な見解としてお考え頂ければと思いますが、スノーボーダーやスキーヤーの滑走レベルが平均的に上がったことと、業界がパウダー滑走をプッシュしていることがあると思いますね。
海老:『スノーボーダーやスキーヤーの滑走レベルが平均的に上がる』とはどのようなことでしょうか?
竹:長野オリンピック(1998年)前後からスノーボードが日本で普及し始めました。その時にスノーボードを始めた方を仮に20歳としましょう。
1998年に20歳だとしたら、現在では40歳となり、スノーボード歴が20年になります。仮に、途中数年スノーボードから離れていたとしても、スノーボード歴が20年近い方は相当な滑走技術をもっていると想像できます。そのような方は、通常のゲレンデを滑走することにマンネリにも似た感覚を覚えているかもしれません。そこに、スノーボード雑誌やネット上の情報で、『パウダーライドはめちゃ楽しいよ』 という誘い文句が入ってくれは、『ゲレンデ滑走にも飽きてきたし、ちょっと行ってみよう』となるのも納得できます。
それなりに滑走できる方なので、ゲレンデから少し離れた場所では楽しく滑走することができるでしょう。それが中毒になり、どんどんエスカレートし、より奥に行ってしまい、最終的には戻れなくなり遭難してしまう。というケースになると思います。
海老:なるほど。ゲレンデでも満足に滑れなければ『危ないから行くのやめよう』とストップかかりますもんね。自分の滑走技術を過信した結果が昨今の遭難事故につながっていると。
竹:決してそれだけではないと思いますが、大きな要因の一つと思います。また、バックカントリーに必要な技術の過信で遭難してしまうというケースもありますので、過信は禁物ということです。
海老:私は遭難したことがないので、正直よくわからないのですが、誰にも知らせずにバックカントリーエリアに行き、そのまま遭難になった場合の危険性についてご説明頂けますか?
竹:はい。最悪のケースを交えて説明しますね。
まず、最悪のケースというのは、遭難し帰れなくなるということですね。つまり死亡してしまうということです。バックカントリーエリアを滑走している方の中で、『遭難=誰かに救助される』と考えている方がいるかもしれませんが、それは違います。遭難し、生きた状態で救助されるのはとてもラッキーなことであり、遭難したら死の危険性が非常に高くなるということをよく理解しておく必要があります。
海老:既に、恐怖を覚えてきました。。。今まではバックカントリーやパウダーライドに関して、『死』をイメージしたことは無かったです。そこまで危険な場所であれば、誰かの許可が必要なのでしょうか?
竹:必ずしも許可が必要というケースはありません。しかし、『許可が必要ない=誰にも知らせない』というわけではありません。本来、バックカントリーエリアを滑走する時には事前に『入山カード』というものを提出します。(昨今ではインターネットでも提出出来ますので、事前に確認しておくのが良いでしょう)提出先は、ゲレンデや地元警察など、その時に登る場所によって異なるのですが、細かい部分は都度確認して頂くとして、ここでは『入山カードを提出する』ということだけ覚えておいてください。
その入山カードには、入山者の氏名・住所・連絡先・入山時刻・下山予定時刻・登山ルートなどを記載します。万が一下山時刻を過ぎても入山者が戻らない場合は、捜索が開始されるのですが、先に提出した入山カードの情報がとても重要になってきます。
バックカントリーエリアというのはとても広く、遭難した方を見つけるのは非常に困難です。まして、おおよそのルートがわからない状態で、広大な敷地を捜索するなど、じゃり道でダイヤの原石を探すくらい大変な作業なので、時間も人員も大量に導入しなくてはなりません。
『無断でバックカントリーエリアに飛び出す』ということは、そのようなリスクを背負っているということを理解しなくてはなりません。
海老:入山カードの重要性については理解できました。しかし、人が戻ってこないとなれば、誰かしらが捜索してくれそうな気がしますが、その点についてはどうでしょうか?
竹:乾さん、甘いですね(笑) 人が失踪するのですから、捜索はするでしょう。問題なのは、『いつ捜索が開始されるか』です。
仮に、宿泊予定で宿泊客が戻らない場合。また、友人が戻らない場合など、『誰かしらがその日のうちに気が付いて、捜索開始までのアクションをとってくれる』という場合なら、まだ良いのですが。反対に、最悪のケースとして、『誰にも知らせずに日帰りで滑りに行き遭難してしまうケース』というものがあります。この場合捜索開始までに数日かかることがあり、大変危険です。
例えば、土曜日の夕方に遭難し、翌々日の月曜に会社や学校を無断で休んだことでその翌日位に関係者から捜索願いがだされ、やっと捜索開始です。先にもお話しましたが、それから、時間と労力をかけて大捜索がはじまります。専用の装備もなく、食糧も水も無い状態で、氷点下のなか数日間も生きられるのでしょうか?
海老:危険すぎますね。想像しただけでゾっとします
竹:しかも、終始晴天であればよいですが、吹雪や雨になる可能性もあります。雪崩の危険もあるので、本当に危ないことだらけであるという自覚を持っていただきたいと思います。
海老:恐ろしく危険なのは理解できましたが、そもそも自分で捜索願いをすることは可能ではないのでしょうか?例えば、SNSとかメールとか、電話でも良いですし。
竹:乾さん、甘いですね(笑) 基本的に携帯電話は使えないと思った方がよいですよ。木々が生い茂り、崖や岩などの障害物が多い中、携帯電話の電波が届くとは限りません。危険を冒して、崖の上に行ったり、見晴らしの良い場所に行っても電波をキャッチできる保証はないので、『スマホあるから大丈夫』などとは思わないことです。
海老:『準備不足でバックカントリーエリアに出てはいけない』という理由はわかりました。しかし、なぜ遭難するのかがひっかかります。例えば、すごく上手な人がバックカントリーエリアに出たとして、そんな簡単に遭難するものなのでしょうか?
竹:どのくらいのレベルなのか、どのような経験をお持ちなのかで、変わってきますが、遭難する可能性は十分にあります。まず、『遭難=道に迷う』とは限りません。転送や衝突によるケガや、クレバス(雪でおおわれて見えなくなってしまった川や切れ目のこと。簡単に言うと落とし穴)にハマってしまう危険もあります。また、雪崩に巻き込まれ身動きが取れない場合もあるでしょう。滑走技術とは関係ない要素で遭難することは十分考えられます。
海老:なるほど。地形や雪質による不可抗力的なアクシデントにより、想定とは違う結果になってしまうと。
竹:他にもありますが、時間や体力を予想以上に消費するということもあるでしょう。例えば、非圧雪エリアでの滑走方法と圧雪エリアでの滑走方法の違いは大きいです。非圧雪エリアでは一度止まってしまうと、再び滑り出すのには非常に体力を使います。というのも、雪が深く、柔らかいため、板を脱いだり装着するのも一苦労ですし、スピードがでるまでには不安定な状態が続きます。また、歩くことも困難な場合が多く、急な斜面をスノーシューも無しに登るのは困難な作業であるとお考えください。
『軽い気持ちでサイドカントリーに出て、少し滑走したら転倒した。その際、ゲレンデのコースに戻るまでに数時間を要した』などという話はよく聞く話で、もっと悪いケースだと『コースに戻れず、さまよった末に、見知らぬ村にたどり着き、タクシーで戻ってきた』などという例もあります。
しつこいようですが、これはまだマシな方で、最悪はそのまま帰れなくなるということもあります。
海老:全てがコントロール不能で、危険に満ちた領域が、バックカントリーという世界なのですね。。。十分に準備し、計画性をもった行動が必要と。。。
竹:はい。そのために、我々バックカントリーガイドがお手伝いをしています。
ここまでバックカントリー滑走の危険性についてお話してきましたが、基本的な知識と計画性をもった準備があり、自分の経験と知識を過信しなければ、楽しく素晴らしい世界であることは知っておいていただきたいですね。晴れた日のパウダーライドや、木々の間を駆け抜ける爽快感など、言葉では語りつくせない魅力がありますので、是非とも一度は体験して頂きたいですね。
今回の記事では、バックカントリーの危険性についてお話を伺ったが、次回は実際にバックカントリーに行く際の準備として、アイテムの選び方をお伝えしていこう。
※バックカントリービギナーツアーの体験記はこちら
今回、取材にご協力頂いたのは、長野県は白馬に拠点を置く、バックカントリーツアーの番亭だ。
バックカントリーガイドとして確かな技術と豊富な経験をもつ竹尾氏が白馬エリアを中心にレベルに応じたツアーを企画してくれる。
白馬エリア(その他のエリアでも出張可能)でバックカントリーツアーをお探しであれば、番亭に相談してみよう。
元スノーボードインストラクターのIT系Webライター
長野や北海道、マウントフッド(アメリカ)、ウィスラー(カナダ)等
様々なスキーリゾートを転々とした後、東京に落ち着く。
現在はWeb制作を行う傍ら、スノーボード系のライティングを行う日々。
妻と娘の3人家族の35歳。
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