アート界の天才たち 〜アンディ・ウォーホル VS キース・へリング VS ジャン・ミシェル・バスキア〜

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3ARTIST

死後もなお衰えない人気を誇る3人のアート界の天才たちの生い立ちから代表的作品までに迫ります。
〜アンディ・ウォーホル VS キース・へリング VS ジャン・ミシェル・バスキア〜

目次

Andy Warhol(アンディ・ウォーホル)

Keith Haring(キース・へリング)

Jean Michel Basquiat(ジャン・ミシェル・バスキア)

Andy Warhol(アンディ・ウォーホル)

ポップアート界のスター「Andy Warhol(アンディ・ウォーホル)」
Campbell’s Soup(キャンベルのスープ)の絵は誰しもが一度は見たことがあるはず。また近頃、展示会で脚光も浴び、ご存知のかたも非常に多いと思います。

アンディ・ウォーホルとは

andy-warhol Andy_Warhol

上の写真のような、銀髪のカツラがトレードマークだったAndy Warhol(アンディ・ウォーホル)は、アメリカの画家であり、版画家。ポップアートを生み出すアーティストのひとり。が、アートにとどまらずロックバンドのプロデュースに映画制作なども行うマルチな芸術家であった。

ポップアートの誕生

商業デザイナー・イラストレーターとして一度は成功したウォーホルだったが、商業的なイラスト修正や人間関係に苦悩し、ついにはイラストレーションを捨てアートの世界へ足を踏み入れるように。
生活の身近にあった「キャンベル・スープ」の缶などをモチーフにした作品を描くようになりポップアートが誕生した。そして、1962年にはシルクスクリーンプリント使い作品の量産体制に入っていくのだった。モンロー死後は、代表作であるマリリン・モンローの肖像が生まれ、色違いでひたすら刷り続けていたという。その後も作品制作を続け、活動の幅も徐々に広がっていき、その活動の中でウォーホルはこんな言葉をも残している。

ウォーホルの考え方

「僕を知りたければ作品の表面だけを見てください。裏側には何もありません」
アーティストの内面をなくし、あくまで表面的であろう。というウォーホルならではのスタンスである。芸術家でありながらも、大衆的で社会を体現するような芸術活動を行っていたウォーホル独自の考えかたがこんな言葉からも汲み取れる。

またKeith Haring(キースへリング)氏とも交遊があったらしく、お互いに、80年代を代表するアーティストとしてよき関係を築いていたよう。
credit: tfaoi.com / gvshp.org

最近話題のウォーホルベアブリック

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credit: urahara-fashion.com

活動

雑誌「Interview」

アメリカ合衆国のサブカルチャー系インタビュー雑誌「Interview」はウォーホルの企画立案であり、1969年創刊後から現在までたくさんのファンに愛読され続けるマガジンである。

映画制作

60を超える映画も手掛けたが、実験映画的な要素があり一般公開作品は少ない。
眠っている男性を8時間撮り続けたものもあれば、ホラー映画もあったり作品は多種多様なものだったらしいがただ、全作品を通して「本質的に同じのみならず、細部まで全く正確に同じであること」を掲げていたという。

作品

キャンベルスープ

いわずとしれたウォーホルの代表作品。オニオンにトマトにビーフ・・・あげだしたらキリがないバリエーション
credit: omasoku.blog90.fc2.com
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バナナ

ヴェルヴェット・アンダーグラウンド(The Velvet Underground)のアルバム「The Velvet Underground and Nico」のジャケット。他にも様々なアーティストのジャケットデザインを手がける。
credit: atmatome.jp
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マリリンモンロー

モンロー!マリリン!ウォーホル風のカラーリングでセクシーさにプラス妖艶さ倍増。
credit: monoco.jp
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拳銃

世界的に活躍していたウォーホルは、とある団体の女性に拳銃で襲撃されたことも。
credit: artposters.jp
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シマウマ

ただのモノクロではないゼブラ、さすがウォーホル。なんかひきこまれそう
credit: adamrobinsonart.com
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エルビスプレスリー

プレスリーもふたり並べるとウォーホルマジック!
credit: ikabegami.net
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最後に

本質や細部にまでこだわりを魅せたりとまさしく芸術家らしい一面もあれば、と思ったら、意外に大衆的なものを好む一部分もあったり・・・。
自身の作品同様に多種多様な側面を魅せるウォーホルはすごく人間くささを感じますしアーティストが放つ独特のパワーを感じます。
数多くアーティストがいる中でも、郡を抜き時代を超えて愛されるウォーホルの秘密とでもいいましょうか。
キャンベルのスープ・・・いいですね。今日の夕食はキャンベルスープです。
credit: nyancousagi.blog89.fc2.com

Keith Haring(キースへリング)

こーんな絵見た事ないですか??確かに目にする事は多いものの・・・この絵は一体なんなの?だれのもの?
意外と知らない人もいると思います。いまや、いたるところで目にするアートともなったこんな絵の作者こそ「Keith Haring(キースへリング)」

キースへリングとは

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はじまりはサブウェイドローウィング

ストリートアート界のパイオニア的存在でもあるKeith Haring(キースへリング)は、1980年代におけるアメリカの代表的な画家のひとり。
ことの始まりは、ニューヨーク地下鉄の構内のなんにも張られていない広告板を前に、真っ黒の紙を貼り付け、チョークで絵を描くという活動。
サブウェイドローイングとも呼ばれたこの活動は瞬く間にニューヨークサブウェイ利用者の間で有名になり、その名を轟かせることとなった。
チョークで描かれるシンプルかつ味わいを感じさせるラインがリズミカルに繰り出される様子。リアルタイムで目の当たりに出来た人達を完全にうらやみますわ。
credit: theglobalpanorama.com
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credit: nakamura-haring.com

活動

HIV/AIDS予防啓発運動

1988年に自身がHIV感染者と診断されて以降、社会貢献活動の一環としてAIDS撲滅活動に携わった。
また、作品を通してAIDS感染を防ぐメッセージを世に送りだすなどキースへリング氏だからこそ出来るアート活動を展開。(Act Against AIDS の最初のポスターを描いた事でも有名。)
1989年には財団を設立し、1990年に31歳でこの世を去るまで積極的に活動を続けた。
他にも、恵まれない子供達への活動などなど枠にとらわれない社会貢献活動に取り組んだ事でも有名。

ユニクロコラボ企画

日本発祥のアパレルブランド「ユニクロ」が抱えるUTとのコラボレーション企画も人気を博した。

作品

エイズ撲滅キャンペーンポスター

前述した、HIV/AIDS予防啓発運動に絡んだキャンペーンアート。意味深。
credit: haring.com
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キース生誕54周年Googleロゴ

キースの生誕54年を記念してキースの手によって描かれたグーグルロゴ。検索する手も止まりそう。
credit: project3googledoodle14.blogspot.com
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代表的アイコン「Radiant Baby」

キースアートの中でも代表的なアイコン。
credit: sohocontemporaryart.com
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ベルリンの壁(チャーリー検問所)

ベルリンの壁に描かれたキースの作品。社会的な活動でも名をはせたキースならではのアートである。
credit: japan.digitaldj-network.com
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最後に

若くしてなくなった、キースへリングですが、氏が残した功績は偉大だと思います。(すごくおこがましいですが・・・。)
今の日本で、アパレルやガジェット etc…キースへリングのアートに触れる機会は凄く多いと思います。そこに潜むメッセージを知れば・・・ひとつ感動がそこに加わります。ドラマっていうんですかね。

以前、ご紹介した

ED “BIG DADDY” ROTH(エド ビッグダディ ロス)氏のお話にも通じる部分だと思います。つくづく、アートって素晴らしいな。と、思う訳です。

Jean Michel Basquiat(ジャン・ミシェル・バスキア)

27歳にして激動の人生を終えた、もはやアート界の伝説「Jean Michel Basquiat(ジャン・ミシェル・バスキア)」
落書きからはじまった、大胆かつ繊細なグラフィティアートを彼の生涯と活動・作品たちを通してご紹介。

ジャン・ミシェル・バスキアとは

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幼少期の教育

バスキアは、ニューヨークのブルックリンに生まれ、幼い頃から母に連れられ美術館に通っていた。
画家としての母親の影響は非常に大きい。というのも、幼少期にバスキアは大事故にあったことがあり、一命を取り留めた彼に「解剖学」という書籍を手渡したのも母親だった。その「解剖学」からバスキアは、人体構造の知識(画家にとっては必須の知識)を得る事になる。
加えて、その知識以上に大きく彼の心に生まれた「どうして本の中に出てくる人はみんな肌が白いのだろう」と疑問。そして、「肌の色は違っても、みんな中身はいっしょなんだ」という結論。これが後のバスキア作品に多く見られる「人種差別」というテーマの根源になるのであった。

10代からみせたスター性

ハイスクールに入学し、問題児であったバスキアは建物や地下鉄にスプレーで友人たちと落書きをするようになった。
いたずら的な落書きではあったが、ただの落書きではなく、哲学的な詩や創造性を感じるイラストで構成されていたという。(バスキアのこの頃の逸話で、卒業式に校長先生の頭にシェービングクリームをぶちまけたというエピソードがある。すでにこの頃から、スターの片鱗を魅せつつあったことが伺える。)

スターへの階段

バスキアの落書きは、その芸術性から多方面から評価を受けるようになり、展示界への参加にも取り組むようになる。そしてその作品たちは、あっというまに高額取引の対象になり、バスキアのアート界での立ち位置は確固たるものになっていった。美術の世界で成功した、初めての黒人アーティストとも呼ばれている。
しかし、商業的な成功の裏では制作の不安や人種差別に苦しみ、ドラッグの過剰摂取により27歳という若さでこの世を去るのであった。短い人生を熱く濃く燃え尽きたバスキアの作品たちは、どれもメッセージを強く感じる。ダイナミックかつ繊細というバスキアそのひとを感じさせるような唯一無二の作品といえるだろう。
死後も、“バスキア”と“その作品たち”はたくさんの人々から愛され、彼の人生は映画化、彼の作品はアパレルや雑貨のモチーフへ使用されるなど、多方面での活躍を今なおみせてくれている。また、27club(27クラブ)としても有名に。

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credit: mini-theater.com

27club(27クラブ)とは

27歳でこの世を去った著名人は非常に多く、欧米では彼らを総称して「27club(27クラブ)」と呼んでいる。以下、メンバー。
・カート・コバーン(Kurt Cobain)
1994年4月5日「頭部を拳銃で打ちぬき自殺」
・ブライアン・ジョーンズ(Brian Jones)
1969年7月3日「アルコール・ドラックによる溺死」
・ジミ・ヘンドリックス(Jimi Hendrix)
1970年9月18日「嘔吐物を詰まらせて死亡」
・ジャニス・ジョップリン(JanisJoplin)
1970年10月4日「ヘロインの過剰摂取で死亡」
etc..

活動

共にバスキア自身の活動というよりは、死後の企画だがバスキアに深く関わるのでご紹介。

映画化

バスキアの生涯をテーマにした映画作品が発表されている。
・バスキア
1996年公開の伝記映画。
監督: ジュリアン・シュナーベル
・バスキアのすべて
2010年公開のドキュメンタリー映画。
監督: タムラ・デイヴィス

コラボレーション

「UNIQLO(ユニクロ)」のUTや「FOREVER 21(フォーエバートゥエンティーワン)」などのアパレルブランドとのコラボレーションをはじめ「Francfranc(フランフラン)」など雑貨ブランドとのコラボレーションも展開している。
その他にも、化粧品とのコラボ商品もあったりするらしい。時代や人種を問わずに愛されるバスキアだからこそ出来る商品展開なのかもしれない。

作品

HEAD

credit: www.curiobooks.jp
basquiat_head

ERNOK

credit: www.sohocontemporaryart.com
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PER CAPITA

credit: www.sohocontemporaryart.com
basquiat_percapita

Philistines

credit: www.furinsider.com
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King Alphonso

credit: matome.naver.jp
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この記事の著者

ニシムラジュン

ニシムラジュンクリエイティブ

インターネットが好きです。

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